旅の記憶 日本編 カヤノ平


 奥志賀林道のちょうど真ん中あたり、雄大な奥信濃の山に囲まれた標高1450mの高原がカヤノ平である。ここは広大な面積を誇るブナの原生林とシラカバの林が広がる高原で、特にブナの原生林は日本でも有数の美しさを誇っている。
 東には秋山郷があり、昔は秘境と呼ばれていたため、その言葉に惹かれて私はこの地を訪れた。当時ダートに次ぐダートを貧弱なオフロードバイクでたどり着いた思い出がある。
 しかし近年は奥志賀林道や秋山林道、清水平林道の舗装化でだれでも楽に行くことができるようになり、秘境というイメージは崩れてしまった。

 私が好きなカヤノ平はこのブナの原生林ではなく、その横に広がる牧場である。牧場と言えば北海道や九州など雄大な景色を思い浮かべるが、ここの牧場にそんな雄大さはない。あるのはブナとほぼ同じ分布域のミズナラの木だけである。しかしこの幹に大きな割れ目があるミズナラと百頭あまりの牛が放牧された牧場はぬけるような青空で牧歌的な風情があり、どこかに忘れ去ったような日本を思い出させる。たったそれだけのことが新鮮な安らぎと感動を与えてくれるのは、これでもかこれでもかと圧倒的に迫り来る風景ではなく、自分と同じ程良いサイズの風景が、背伸びをしない自分の手の届くところにあるからではないかと思う。
 またここは周りを山で囲まれた隔離した世界であり都会の喧騒を拒絶して自分だけの世界に浸り込むことができる数少ない場所でもある。まるで一枚の絵画のような空間に魅せられると、時間の経つのも忘れそれをじっと見つめていたくなる。
 やがて陽が傾くとここはまた違った彩りをまとい、秋の紅葉が一段と華やかになる。幹の割れたミズナラは昔から同じように立っている。これからも私の手の届くところで立ち続けるのだろう。

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